素晴らしきこの世界に乾杯(サルーテ)!
Yu-liによる気ままな雑記帳
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久しぶりに見てそういえば凄く好きだったと再確認。
覚書として残しておく。
ショコラ(2000年)
「サイダーハウス・ルール」のラッセ・ハルストレム監督がジュリエット・ビノシュ、ジョニー・デップ主演で描く愛のファンタジー。古くからの伝統が根付くフランスの小さな村に、ある日謎めいた母娘がやってきてチョコレート・ショップを開店する。厳格なこの村に似つかわしくないチョコだったが、母ヴィアンヌの客の好みにあったチョコを見分ける魔法のような力で、村人たちはチョコの虜になってしまう。やがて村の雰囲気も明るく開放的なものになっていくのだが……。
(以上Yahoo!映画より引用)
以下、ネタバレ含みます。
覚書として残しておく。
ショコラ(2000年)
「サイダーハウス・ルール」のラッセ・ハルストレム監督がジュリエット・ビノシュ、ジョニー・デップ主演で描く愛のファンタジー。古くからの伝統が根付くフランスの小さな村に、ある日謎めいた母娘がやってきてチョコレート・ショップを開店する。厳格なこの村に似つかわしくないチョコだったが、母ヴィアンヌの客の好みにあったチョコを見分ける魔法のような力で、村人たちはチョコの虜になってしまう。やがて村の雰囲気も明るく開放的なものになっていくのだが……。
(以上Yahoo!映画より引用)
以下、ネタバレ含みます。
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院生になれることになりました。
この間試験時間が余って記事を書きましたが(内部進学と外部受験)
まさかそれを書いた時に受けてた入試に受かるとは。
試験って何が起こるかわかりませんね。
倍率の高い試験に受かって低い試験に落ちることだってあるのですから。
そんな私はありがたいことに複数の合格をいただきました。
大学受験はあまり勉強せず今の大学しか受からなかったので、初めての経験ですね。
まあ、今回はちゃんと勉強しました。
というか、努力しました。
自分で言っているので信ぴょう性にかけますが。
努力の成果がでたのでしょうか?
とはいえ、受かったのが面接と対策をしていない小論文なんだよなぁ。
専門だけの学校は一つ落ちているし……
専門の勉強不足を痛感するこの頃です。
このあとは専門のみ必要になるからもっと頑張らないとね。
と、最近のご報告でした。
この間試験時間が余って記事を書きましたが(内部進学と外部受験)
まさかそれを書いた時に受けてた入試に受かるとは。
試験って何が起こるかわかりませんね。
倍率の高い試験に受かって低い試験に落ちることだってあるのですから。
そんな私はありがたいことに複数の合格をいただきました。
大学受験はあまり勉強せず今の大学しか受からなかったので、初めての経験ですね。
まあ、今回はちゃんと勉強しました。
というか、努力しました。
自分で言っているので信ぴょう性にかけますが。
努力の成果がでたのでしょうか?
とはいえ、受かったのが面接と対策をしていない小論文なんだよなぁ。
専門だけの学校は一つ落ちているし……
専門の勉強不足を痛感するこの頃です。
このあとは専門のみ必要になるからもっと頑張らないとね。
と、最近のご報告でした。
アニメや漫画、ゲームに限らず、趣味に傾倒する人をオタクと呼ぶと思います。
(この記事ではそう言った意味でまとめます)
Yu-liはオタクです。
なんの、と言われると困るのですが、趣味には傾倒する傾向があります。
……とはいえ、本物の(?)オタクの方から見たらオタクとは認められないようなぬるいオタクです。
と、自分の紹介はこのくらいにして、今回はオタクの話。
趣味に傾倒することは素晴らしいことだと思います。
それだけ興味を持てるものってことでしょう?
興味を持って突き詰める姿はその対象がなんであれ素直にすごいと思います。
余談になりますが、私はオタクと呼ばれる人の話は結構好きだったりします。
マニアックで理解できないことが大半ですが、楽しそうだし、新しい発見が多かったりするので。
まあ、そんなオタクですが、最近少々ながら人権を獲得し始めたのかな、と思います。
世間一般がオタクの存在を認めてきたといいますか。
「まあ、そう言う人もいるよね」みたいな。
テレビなんかでも取り上げられているし、各所でマニアが自分の好きな分野を語る場面を見ます。
好奇の目は避けられないけど(特殊だからね)、それでも存在が容認されているといいますか。
そうなってくると気になるのが「オタクの品格」
平たく言えばマナーです、マナー。
世間の目に触れれば触れるほどマナーやらに厳しくなるのは当然。
特にオタクは特殊(マイノリティ)なので目に付くという感じですね。
だからよりマナーには気を使うべきかと。
そうしないと自らの首を絞めることになりますから。
オタクの人権獲得とともにマナーがなくなってきているのではないかと思います。
”認められている”は”一般化している”とは違う。
周りの人が自分の特殊な趣味を理解できるとは限らない。
(内容的な理解ではなく、それが好きということの理解)
だからこそ、マナーは大事なのですが……
趣味に傾倒しすぎてマナーがないがしろになっていませんか。
趣味は大いに結構。大切ですから。
でも、その趣味を持っていない人に配慮ができていますか。
配慮を欠く人が多くないかな?
私はまだまだ世間知らずな面がありますが、
それでもマナーは守ろうと思っていますし、実行もしています。
自分の趣味の世界を守るためにもね。
周りの事を考えマナーを守った上で趣味を楽しんでもらいたいなぁ。
私の趣味は所謂サブカルチャーですが、最近のジャンルはマナーがなっていない……というか、
あまりにも傾倒しすぎて周りが見えていない人が多い気がする。
少し残念ですね。

↑ランキング参加中……
(この記事ではそう言った意味でまとめます)
Yu-liはオタクです。
なんの、と言われると困るのですが、趣味には傾倒する傾向があります。
……とはいえ、本物の(?)オタクの方から見たらオタクとは認められないようなぬるいオタクです。
と、自分の紹介はこのくらいにして、今回はオタクの話。
趣味に傾倒することは素晴らしいことだと思います。
それだけ興味を持てるものってことでしょう?
興味を持って突き詰める姿はその対象がなんであれ素直にすごいと思います。
余談になりますが、私はオタクと呼ばれる人の話は結構好きだったりします。
マニアックで理解できないことが大半ですが、楽しそうだし、新しい発見が多かったりするので。
まあ、そんなオタクですが、最近少々ながら人権を獲得し始めたのかな、と思います。
世間一般がオタクの存在を認めてきたといいますか。
「まあ、そう言う人もいるよね」みたいな。
テレビなんかでも取り上げられているし、各所でマニアが自分の好きな分野を語る場面を見ます。
好奇の目は避けられないけど(特殊だからね)、それでも存在が容認されているといいますか。
そうなってくると気になるのが「オタクの品格」
平たく言えばマナーです、マナー。
世間の目に触れれば触れるほどマナーやらに厳しくなるのは当然。
特にオタクは特殊(マイノリティ)なので目に付くという感じですね。
だからよりマナーには気を使うべきかと。
そうしないと自らの首を絞めることになりますから。
オタクの人権獲得とともにマナーがなくなってきているのではないかと思います。
”認められている”は”一般化している”とは違う。
周りの人が自分の特殊な趣味を理解できるとは限らない。
(内容的な理解ではなく、それが好きということの理解)
だからこそ、マナーは大事なのですが……
趣味に傾倒しすぎてマナーがないがしろになっていませんか。
趣味は大いに結構。大切ですから。
でも、その趣味を持っていない人に配慮ができていますか。
配慮を欠く人が多くないかな?
私はまだまだ世間知らずな面がありますが、
それでもマナーは守ろうと思っていますし、実行もしています。
自分の趣味の世界を守るためにもね。
周りの事を考えマナーを守った上で趣味を楽しんでもらいたいなぁ。
私の趣味は所謂サブカルチャーですが、最近のジャンルはマナーがなっていない……というか、
あまりにも傾倒しすぎて周りが見えていない人が多い気がする。
少し残念ですね。

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数年ぶりに動物園に行ってきました。
友人に連れられて。
私は動物はあまり得意でなく、普段は自分から行くことはないので新鮮です。
その動物園は昔ながらの、といった感じですね。
今の動物園、水族館は自然に近づけた展示をしているところも多いですよね。
リニューアルされた所は特に多い。
ですが、檻に入った動物というレトロな動物園もなかなかにいいかな。
動物園にいったという感じがします。
その中でふれあいコーナーがありまして、
小動物に触れることができるコーナーですね。
その中では小さい子(小学生以下の子供でしょう)が
一生懸命動物に触っています。
愛らしい姿ですね。
その時に少し気になったのが子供のふれあい方。
少し乱暴すぎないかな。
折角のふれあいの機会なので触れ合いの仕方も教えてあげたいですね。
子供だから少々乱暴なのは仕方がない。
最初から丁寧に……なんて無理な話ですよね。
それでも、自分の好きなようにではなく、作法とでもいいましょうか。
どう触ればいいのか(両手で掬うようにとか、手のひらに乗せるとか)
レクチャーしてもいいのではないかと思います。
動物も生き物。だから大切に。
口でいうだけでなく実際にやってみて見せるなど、子供がわかりやすいように教えてあげることも必要じゃないかな。
折角動物と触れ合える機会なのですから。
子供の成長のためにも心地よいふれあいがしたいものですね。
うまくまとまらなかったなぁ……
友人に連れられて。
私は動物はあまり得意でなく、普段は自分から行くことはないので新鮮です。
その動物園は昔ながらの、といった感じですね。
今の動物園、水族館は自然に近づけた展示をしているところも多いですよね。
リニューアルされた所は特に多い。
ですが、檻に入った動物というレトロな動物園もなかなかにいいかな。
動物園にいったという感じがします。
その中でふれあいコーナーがありまして、
小動物に触れることができるコーナーですね。
その中では小さい子(小学生以下の子供でしょう)が
一生懸命動物に触っています。
愛らしい姿ですね。
その時に少し気になったのが子供のふれあい方。
少し乱暴すぎないかな。
折角のふれあいの機会なので触れ合いの仕方も教えてあげたいですね。
子供だから少々乱暴なのは仕方がない。
最初から丁寧に……なんて無理な話ですよね。
それでも、自分の好きなようにではなく、作法とでもいいましょうか。
どう触ればいいのか(両手で掬うようにとか、手のひらに乗せるとか)
レクチャーしてもいいのではないかと思います。
動物も生き物。だから大切に。
口でいうだけでなく実際にやってみて見せるなど、子供がわかりやすいように教えてあげることも必要じゃないかな。
折角動物と触れ合える機会なのですから。
子供の成長のためにも心地よいふれあいがしたいものですね。
うまくまとまらなかったなぁ……
よく、セクシャルマイノリティの方のブログにお邪魔することがあります。
皆さんいろいろ考えていらっしゃるなと本当に感心します。
色々悩んだ末に自らの答えを出しているので、言葉が凄く説得力があるんですよね。
悩みを克服して(折り合いをつけて)生きる姿はかっこいいと思います。
そこで、今回は私自身のパンセクシャルを自認したきっかけを思い出してみようかと。
最初に言っておきますと、私は性指向、性自認についてあまり悩みを持たず今まできています。
今まであまり恋愛に興味がなかったということもあるのでしょう。
そのため、これといって語れる事が少ないのですが。
私は恋愛とは無縁の生活を送ってきました。
恋愛自体に興味がないわけではなかったのですが、機会がない上に恋愛をする必要性を感じられず
(女子校という女の花園で育った私は友人とわいわいする方が好きだったので)
恋愛のれの字もなく10代を過ごしていました。
今振り返ると、この頃likeの意味で好きだった人はloveの意味だったんじゃないかなって思います。
そして、実際に人と付き合ったりしながら、自分の性指向の違和感に気づいたのが大学にはいってから。
それなりに好きな人もおり、異性と付き合ったこともあります。
しかし惹かれるのは男性とは限らず、同性にも惹かれる事があります。
なのでなんとなくバイセクシュアルなのかなと自認していました。
それがパンセクシュアルに変わったのは暫くしてから、パンセクシュアルという言葉を知ってからです。
私は身体の性より自認を重視しています。
その人がどう思うか、その人の内面はどう考えているのか。
自認が男性なら外見がどうであれ男性として扱うし、自認が女性ならそう扱います。
(私は男性と女性とでは接し方が変わります。
俗語的な意味でのフェミニスト……ですね)
しかし、性自認なんて外見からはわかりません。
そのためか、性別を意識せず人を人として、それこそ性別の自認がない人まで恋愛対象になります。
なので性別があることを前提とするバイセクシュアルと言われると少し違和感があったんです。
バイセクシュアルとパンセクシュアルだとより近いのはパンセクシュアルかな、と。
性はグラデーションという言葉の通り、どちらの言葉の定義もぴったりとこない。
ニアピンなのがパンセクシュアルかな、と感じています。
そして、パンセクシュアルであると自認した私ですが、
冒頭で少し書いたように私は性指向――パンセクシュアルである、特に同性も好きになるということについて悩みはありませんでした。
すんなりと私はこういう人間なんだと受け入れることができましたね。
そのひとつは私が女の子好きを公言しているからだとも思います。
まあ、冗談の延長戦上、自分の好みの一つとして言っているので友人がどう捉えているのか、本当のところはわかりません。
ですが、私が同性が好きだと言ったところで友人はまた言っている程度にしか捉えないと思います。
そのために自分も自認に対して疑問が出なかったのかな。
自分が変だとは思わず自分の好きなのは男性も女性もそれ以外もありうると認められたのかもしれません。
(まあ、私自身が自信家な自分好きだからかもしれませんが)
そんなことから私は自分をパンセクシュアルだと自認しています。


皆さんいろいろ考えていらっしゃるなと本当に感心します。
色々悩んだ末に自らの答えを出しているので、言葉が凄く説得力があるんですよね。
悩みを克服して(折り合いをつけて)生きる姿はかっこいいと思います。
そこで、今回は私自身のパンセクシャルを自認したきっかけを思い出してみようかと。
最初に言っておきますと、私は性指向、性自認についてあまり悩みを持たず今まできています。
今まであまり恋愛に興味がなかったということもあるのでしょう。
そのため、これといって語れる事が少ないのですが。
私は恋愛とは無縁の生活を送ってきました。
恋愛自体に興味がないわけではなかったのですが、機会がない上に恋愛をする必要性を感じられず
(女子校という女の花園で育った私は友人とわいわいする方が好きだったので)
恋愛のれの字もなく10代を過ごしていました。
今振り返ると、この頃likeの意味で好きだった人はloveの意味だったんじゃないかなって思います。
そして、実際に人と付き合ったりしながら、自分の性指向の違和感に気づいたのが大学にはいってから。
それなりに好きな人もおり、異性と付き合ったこともあります。
しかし惹かれるのは男性とは限らず、同性にも惹かれる事があります。
なのでなんとなくバイセクシュアルなのかなと自認していました。
それがパンセクシュアルに変わったのは暫くしてから、パンセクシュアルという言葉を知ってからです。
私は身体の性より自認を重視しています。
その人がどう思うか、その人の内面はどう考えているのか。
自認が男性なら外見がどうであれ男性として扱うし、自認が女性ならそう扱います。
(私は男性と女性とでは接し方が変わります。
俗語的な意味でのフェミニスト……ですね)
しかし、性自認なんて外見からはわかりません。
そのためか、性別を意識せず人を人として、それこそ性別の自認がない人まで恋愛対象になります。
なので性別があることを前提とするバイセクシュアルと言われると少し違和感があったんです。
バイセクシュアルとパンセクシュアルだとより近いのはパンセクシュアルかな、と。
性はグラデーションという言葉の通り、どちらの言葉の定義もぴったりとこない。
ニアピンなのがパンセクシュアルかな、と感じています。
そして、パンセクシュアルであると自認した私ですが、
冒頭で少し書いたように私は性指向――パンセクシュアルである、特に同性も好きになるということについて悩みはありませんでした。
すんなりと私はこういう人間なんだと受け入れることができましたね。
そのひとつは私が女の子好きを公言しているからだとも思います。
まあ、冗談の延長戦上、自分の好みの一つとして言っているので友人がどう捉えているのか、本当のところはわかりません。
ですが、私が同性が好きだと言ったところで友人はまた言っている程度にしか捉えないと思います。
そのために自分も自認に対して疑問が出なかったのかな。
自分が変だとは思わず自分の好きなのは男性も女性もそれ以外もありうると認められたのかもしれません。
(まあ、私自身が自信家な自分好きだからかもしれませんが)
そんなことから私は自分をパンセクシュアルだと自認しています。


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Yu-li
性別:
非公開
職業:
学生さん
自己紹介:
法律家を目指す学生
癖が強く変わり者で、自他共に認めるフェミニスト
でも老若男女問わず、人間大好きです
故にパンセクシャル(全性愛)かと
序に、世話好き・甘やかしたがり
趣味は小説を書くことと放浪という名の旅行、
知識を付けるための勉強
酒ならビールと蒸留酒が好き
考えていないようにみえて実は考えていたり
好きなものについて語らせたら止まりません
……ですが、どうぞ宜しく
癖が強く変わり者で、自他共に認めるフェミニスト
でも老若男女問わず、人間大好きです
故にパンセクシャル(全性愛)かと
序に、世話好き・甘やかしたがり
趣味は小説を書くことと放浪という名の旅行、
知識を付けるための勉強
酒ならビールと蒸留酒が好き
考えていないようにみえて実は考えていたり
好きなものについて語らせたら止まりません
……ですが、どうぞ宜しく
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